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猫は化けて祟るのか?

西洋のことわざに「猫に九生あり」というものがあります。
これは、魔女の暗黒世界のイメージに重ねたものでしょう。

 

日本では、「猫を殺せば七代祟る」といわれ、大事にされてきました。

 

江戸時代の川柳で
「犬でない証拠に灸をすえる」
というものがあります。

 

これは、三味線の製造過程を表現したものです。
日本で猫の悲劇と言えば、江戸時代に伝来した三味線です。

 

四乳といって猫のお腹の皮をしようします。
※猫の乳は8〜9個あります。

 

現代では入手困難で高価ですが犬皮や合成皮に比べたいそう音質が良いそうです。
犬皮なら一頭で数個の三味線が作れる為、江戸時代でも犬皮を使用すことが多く、
それで川柳のようお灸で細工して四つ乳に仕立て上げたのです。

 

三味線は、例外として日本は猫にとって安心できる環境でした。
西洋文化が花開く明治期になっても猫は無税とされ飼養が奨励されました。

 

犬は狂犬病が恐れられ、蓄犬税として五十銭が徴収されたといわれています。

 

猫は、古来から「猫の尾が二股に分かれて化け猫になる」という
化け猫伝説も、その真意は
「猫は祟るから粗末にするな」という教訓的なものです。

 

日本の化け猫伝説は、中国の妖怪話に起源があるといわれています。
発祥は古く、すでに「徒然草」に
「奥山に猫又という妖怪がいて、人をとって食う」と記されています。

 

昔の映画で、化け猫が行灯の油をなめていましたが
猫は、普通に水を飲むときでもピチャピチャと妖しげな音たてます。

 

また、忍び足で歩き音も立てずに側に座っている様など
ちょっとお化けのようです。

 

そして、光の加減によって変る目の色は妖怪を連想させます。

 

18世紀の「和漢三才図会」によれば
「十歳を過ぎた雄猫が化ける」ということで
最もポピュラーな化け猫像として

 

江戸時代の川柳で表現された
「赤猫の折々年を数えられ」
というものがあります。

 

つまり、10歳過ぎの雄猫で更に赤猫が化けると信じられていたのです。

 

猫が化けるのは年をとってからで
「ねこまたになりそうな三味線庄屋出し」という川柳もあります。

 

意味は、化け猫になりそうなほど古い三味線を庄屋がだしてきた。
と言う事だそうです。